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東京高等裁判所 平成7年(ネ)2503号 判決

控訴人・附帯被控訴人

富士見交通株式会社

被控訴人・附帯控訴人(原告)

角田喜志子

主文

原判決中の控訴人敗訴部分のうち、三一一万六一一八円を超え一〇四六万円一七六四円に至るまでの金員及びこれに対する昭和六三年一一月一七日から支払済みまで年五分の割合による金員の支払を命じた部分を取り消し、右部分に係る請求を棄却する。

その余の控訴を棄却する。

本件附帯控訴を棄却する。

控訴につき訴訟費用は第一、二審を通じてこれを三分し、その二を被控訴人の、その余を控訴人の負担とし、附帯控訴につき控訴費用は被控訴人の負担とする。

事実及び理由

一  控訴人は、「1原判決中控訴人敗訴部分を取り消し、右部分に係る被控訴人の請求を棄却する。2本件附帯控訴を棄却する。3控訴につき訴訟費用は、第一、二審を通じて被控訴人の負担とし、附帯控訴につき控訴費用は被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴人は、「1本件控訴を棄却する。2原判決中の被控訴人敗訴部分を取り消し、控訴人は控訴人に対し、一〇四六万一七六四円を超え二八一九万九〇一八円に至るまでの金員及びこれに対する昭和六三年一一月一七日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。3訴訟費用は控訴につき控訴費用は控訴人の、附帯控訴につき訴訟費用は第一、二審を通じて控訴人の負担とする。」との判決を求めた。

二  当事者双方の主張は、以下に付加するほか、原判決事実摘示と同じであるから、これを引用する。

(控訴人)

1  被控訴人主張に係る本件交通事故により被控訴人に生じた損害のうち、被控訴人は、既に、〈1〉控訴人から四六四万九一四三円、〈2〉自賠責保険から五二七万円、〈3〉共済組合からの傷病手当金一二二万円五六四六円の支払いを受けている。そうすると、右〈1〉ないし〈3〉の合計金一一五九万四七八九円が既払合計金額となるから、この金額が過失相殺後の損害額から控除されるべきであり、これに弁護士費用額(原判決認定額より低額になるはずである。)を加算した金額をもつて認容されるべき残損害額とするべきである。

2  本件事実関係のもとで、双方の過失を評価すると、加害車両の運転者・訴外庭瀬の過失を三割とみるのは大きすぎ、せいぜい、一ないし二割を越えることはなく、被控訴人の過失は八ないし九割とあるとみるべきである。

(被控訴人)

1  控訴人主張1の〈1〉ないし〈3〉記載の各損害埴補の事実は認める。

2  本件の事実関係のもとで、双方の過失割合を評価すると、被控訴人の過失割合は七割より相当小さいはずであり、反対に、訴外庭瀬の過失は三割よりはるかに大きいとみるべきである。

三  証拠関係は原審記録中の書証目録及び証人等目録に記載のとおりであるから、これを引用する。

四  当裁判所の判断は、被控訴人の本訴請求は、被控訴人が控訴人に対して三一一万六一一八円及びこれに対する昭和六三年一一月一七日から支払済みまで年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるが、その余は理由がないものと判断するから、結局、本件控訴については主文第一、二項のとおりに、本件附帯控訴については理由がないものとして主文第三項のとおりに判断するものである。その理由は、原判決第三の一・(三)項に限り削除し、次に付加するほか、原判決理由説示と同じであるから、これを引用する。

1(過失相殺について)

被控訴人は、原判示の過失割合(被控訴人七割、訴外庭瀬三割)は、被控訴人の割合が大きすぎると主張し、その前提事実として、被控訴人が本件市道上の右衝突付近点まで同市道を茅ケ崎方面へ向かう訴外望月の車両を誘導するため本件市道に一時佇立していたところ、折りから前方を全く確認せず同市道上を茅ケ崎方面から浜竹方面へ進行してきた訴外庭瀬運転の加害車両が被控訴人に衝突したものであり、右衝突は、訴外庭瀬の前方注視義務違反にあつたのであつて、被控訴人の同市道への飛び出し状況はなかつたと主張する。

(一)  原審における証人庭瀬の証言、同証言並びに弁論の全趣旨により成立を認める乙第七号証、成立に争いのない乙第六号証、成立、存在共に争いのない乙第一号証(実況見分調書)及び前掲引用の原判決認定の事実によれば、次の事実が認められる。

(1)  本件事故当時、訴外庭瀬運転の加害車両は茅ケ崎方面から浜竹方面への車線上を本件交差点の通過の際いつたん減速して約時速三〇メートルで中央線寄りを走行し次第に加速し始めたところ、右交差点の停止線から約二三・七メートル進んだ地点で前方に被控訴人を認めたので、急制動措置を講じ、かつ、右にハンドルを切つたが間に合わず、原判決別紙図面〈X〉の地点で被控訴人と衝突し、被控訴人は路上に倒れたこと。

(2)  一方、被控訴人は、本件事故当日の午後六時ころ、当時恋愛関係にあつた訴外望月と共に本件事故現場付近の本件市道の茅ケ崎方面車線に面した飲食店「河童」に各自の乗用車で来て、同店前の駐車場に各自で乗用車を駐在させて店内に入り午後六時ころから延々五時間半以上のもの間、同店に滞在して飲酒し、途中で別れ話しが出て口論となり、被控訴人が訴外望月に焼酎を掛けるなどして喧嘩状態となつたり、騒がしいと店の者に注意され、いつたん静かになつたりはしていたが、結局、本件事故発生の午後一一時四五分直前まで飲み続け、二人で焼酎サワーを一八〇ccグラスで二二杯飲み、そのうち被控訴人が七割程度を飲んで店を出るころには泥酔状態となつており、訴外望月の乗用車を駐車場所から同人が乗用車を後退して路上に出すのを被控訴人が正常に誘導することができるような状態ではなかつたこと。

(3)  被控訴人と訴外望月とは「河童」店を出る直前にも口論状態となつており、その挙げ句興奮した被控訴人が1人で店を飛び出して行き、その後を訴外望月が勘定を払つてから追う形で同店を出ていつたところ、その直後に本件事故が発生したことが認められること。

(4)  本件衝突地点は、本件市道の浜竹方面車線の中央線寄りの地点であつたが、訴外庭瀬は、衝突直後本件加害車両から下車して路上に倒れた被控訴人のところへ近寄つたところ、被控訴人は、「痛い」とはいわず、「彼はどこへ行つた」と騒いでいたので、訴外庭瀬が静かにするようにと被控訴人の身体を押さえる態勢をとり、ほどなく到着した救急車に被控訴人と一緒に乗つて病院まで同行したが、訴外庭瀬は、本件事故直後に事故現場で被控訴人の相手である訴外望月を路上でも、病院でも見受けなかつたこと。

(5)  ところで、訴外庭瀬は、一〇年間控訴人(タクシー会社)に勤続し、その間無事故のタクシー運転手であるところ、本件事故当初は、その運転するタクシー(加害車両)に乗客を乗せて、茅ケ崎南口から浜竹方面へ片側一車線の中央線寄りに進行中であり、本件交差点近では注意して走行していたが、同車線前方路上の中央線近くに被控訴人の姿を発見し直ちに急ブレーキをかけ右にハンドルを切つたが被控訴人と衝突したこと。以上の事実が認められる。

(二)  被控訴人は、「河童」店の前に駐車させて訴外望月の乗用車を後退させるのを誘導して本件市道上に出ていたところ訴外庭瀬の運転する加害者両にはねられたと供述し、また、乙第二号証(実況見分調書)中の立会人望月の司法警察員に対する指示説明部分中には、右望月が本件市道上で被控訴人の誘導を受けたうえ被控訴人を乗用車に乗せようとした旨述べる部分があるが、右立会人望月が説明するところによつても、訴外望月自身は店前駐車場所から乗用車に乗つたが、そのとき、被控訴人は誘導しようとして道路中央付近に佇立していたというのである。当夜、被控訴人の乗用車は店前に置いたままとし、訴外望月が自己の乗用車に被控訴人を乗せて茅ケ崎方向へ帰ろうとして本件市道に出ようとしたというのであれば、そのためには、駐車していた「河童」店前の場所で被控訴人を自己の乗用車に乗せたうえ、注意深く後退して茅ケ崎方面への車線へ出て走行開始することは十分可能であつたはずであろうし、また、いかに乗用車の誘導のためといつても、被控訴人が衝突時にいた本件市道の中央位置付近まで出てこなければできなかつたはずはなかつたと思われる。かえつて、訴外望月としても、当夜は泥酔状態の被控訴人に誘導して貰つて道路上に出てから停車して被控訴人を乗せたりする方が危険が大きいであろうことは、通常の車両運転者なら容易に判断できたであろうと察せられ、はたして訴外望月が泥酔状態の被控訴人にそのような危険の大きい誘導態勢をとつて貰うことを自ら要請したとは容易に信じられない面がある。むしろ、「河童」の店の中にいた者(女将)の話によれば、被控訴人が同店から飛び出した直後に「ドスン」という衝突の音を聞いたというのであるから、これからすると、右衝突時までには、さして間がなく、被控訴人が店を飛び出した後に勘定を支払つてから被控訴人を追いかけて店を出て行つた訴外望月が店前から乗用車を出して被控訴人の誘導を受けながら運転を開始するほどの時間的余裕はなかつたと推察され、また、同じく店の者(女将)の話では、店を出た当時の二人の間は険悪な状態であつて、相手の乗用車を誘導するとか相手の乗用車に同乗して一緒に帰るといつたような雰囲気ではなかつたというのである。この点について被控訴人の主張に沿つて肯定的に述べる被控訴人本人の供述及び乙第二号証(実行見分調書)中の立会人望月の指示説明部分は、前掲各証拠と比べて信用することができない。

(三)  もつとも、訴外庭瀬の証言によれば、同人は加害車両(タクシー)を運転して、茅ケ崎駅南口から浜竹方面へ乗客を乗せて前方注視しながら走行中であつたが事故直前に前方左側に駐車車両が三、四台(前掲図面の〈A〉点と〈B〉点)あつたので、これを避けるためにも中央線寄りを走行しており、また、交差点を越えてから対向車が通過したのも目に入つたというのであるから、さらに道路の左右に注意を尽くせば路上に入つてくる被控訴人をより早く発見でき得たか、そうでなくても歩行者の横断、飛び出しをも予測してより前方、左右ともより注視するなり減速するなりすることによつて、さらに早く路上に出て来た被控訴人を発見してブレーキーをかけ回避措置がとり得たかもしれない。この意味では、訴外庭瀬に全く注視義務を怠たらなかつたとはいえない。しかし、他方、そもそも、なぜ、被控訴人が本件市道上の中央線の反対側車線を走行中の加害車両に衝突されるほど道路の中央付近の位置まで出て行かなければならなかつたというのか、およそ合理的な説明がつけられないうえ、本件交差点付近から浜竹方向へ進行しながら前方を見ていた訴外庭瀬からはその先路上の中央線付近で佇立して車の誘導をしている態勢をとつている者があれば、おそらくより早くその姿に気付くはずであろうのに、訴外庭瀬は交差点付近ではそのような様子の者を認め得ておらず、本件交差点の停止線よりさらに二三メートル余り進行してから初めて前方に被控訴人の姿を現認したことからしても、その他、「河童」店を出たときの被控訴人の状態等を併せみるかぎり、被控訴人が市道中央付近に飛び出てきたのではないかと推測され得るのである。そうすると、歩行者として不注意きわまりない行動に出たのは被控訴人であつて、その過失は、訴外庭瀬の過失に比して、歩行者と車両運転者という差はあつても、前示本件事故前後の状況からみて、相当に大きいものといわなければならない。

(四)  以上にみたところによれば、訴外庭瀬の過失割合を三割、被控訴人の過失を七割とみて過失相殺を施した原判決の認定判断は、前示事実関係のもとでは相当であつて、前者と比較して後者の過失割合が大きすぎるとはいえない。当裁判所としては、先にみた状況のもとでは右過失割合を増減、修正する要はないと判断するものであり、原審の過失相殺についての認定判断は相当であるということができる。

2(損害の填補)

ところで、本件事故により被控訴人に生じた損害合計金額は、四七三六万九六九一円であることは原判決の認定するとおりであるところ、これより過失相殺により右合計金額から前示被控訴人の過失割合七割を控除すると、一四二一万〇九〇七円となる(円未満切捨)。そして、右過失相殺後の損害額から当事者間に争いのない既払分(前記被控訴人の主張1の〈1〉ないし〈3〉記載の既払分)の合計金一一五九万四七八九円を控除すると、残損害額は二六一万六一一八円となる。これに本件訴訟の弁護士費用五〇万円(上記金額をもつて右相当な弁護士費用額と認める。)を加算すると、三一一万六一一八円となる。これが、本件交通事故によつて被控訴人に生じた残損害額として請求認容されるべき金額である。

五  以上によれば、〈1〉(控訴につき)原判決中の控訴人敗訴部分(同判決主文第一項の請求部分)のうち、三一一万六一一八円及びこれに対する昭和六三年一一月一七日から支払済みまで年五分の割合による遅延損害金の支払を命じた部分は相当であるが、これを超えて一〇四六万一七六四円に至るまでの損害金及びこれに対する昭和六三年一一月一七日から支払済みに至るまで年五分の割合による遅延損害金の支払を命じた部分は相当でないことになるから、右部分は取消を免れず、右部分にかかる請求を棄却し、かつ、その余の控訴を棄却することとし、〈2〉(附帯控訴につき)被控訴人の本件附帯控訴は理由がないから棄却することとする。

よつて、訴訟費用の負担につき民訴法九六条、九二条、八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 宍戸達德 伊藤瑩子 佃浩一)

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